甲津原の歴史

甲津原とは

甲津原のむかし

古くは縄文中期の土器が出土していることから、先住民が住んでいたことは明らかになっています。
山づたいに人々がやって来て、古くからこの地に住み、狩猟、採集をし定着し、何度か民族の合流や交代や変化をくりかえし、現在の祖先が住み着いたと思われます。
平安時代にはまだ姉川下流の村に通じる道はなく、上流から流れてきた木地椀や農具を下流の村びとが見つけ、発見された村ということから、甲津原の先祖は福井や美濃から移り住んだとされています。

住居跡

いくつかある住居跡から、山を行き来していた人たちが山の資源にひかれて定住したという説、木地をもとめて木地師たちが移り住んだという説、平家の落人が戦乱をのがれて住み着いたという説など、さまざまな説がありますが、遅くとも鎌倉時代には甲津原に住居がありました。

生活道路の峠道と下流の村

甲津原は山と峠にかこまれており、峠道を生活道路として、岐阜県揖斐郡や福井県南部との交流が盛んでした。
方言もそちらに似ており、生活文化や習慣なども揖斐から伝わっていました。
姉川の渓谷を下りて曲谷や甲賀につながる道は、鎌倉時代末期にできたと言われています。
現在のように車が通れるように整備されたのは昭和45年ことであり、トンネルができて舗装された2車線の道になったのは、姉川ダムの竣工時、平成12年4月です。

コメント